応動昆、持続可能な社会を目指して: 一般社団法人 日本応用動物昆虫学会

書評「外来アリのはなし」

(2020年7月 9日公開)

基本情報

書誌名:
外来アリのはなし
著者・編者:
橋本 佳明 編著
出版日:
2020年05月01日
出版社:
朝倉書店
総ページ数:
200
ISBN:
978-4-254-17172-3 C3045
定価:
3,400円(税別)

2020年6月,横浜港南本牧ふ頭と本牧ふ頭で300匹のヒアリ発見というニュースが飛び込んだ.2017年5月に神戸港で初めてヒアリが発見されて以来,日本中がパニックとなり連日メディアを騒がせたことは記憶に新しい.それ以来,愛知,大阪,神奈川,埼玉,岡山,京都などの港や搬入された梱包資材から次々とヒアリが発見された.2019年には東京都品川ふ頭・青海ふ頭にて営巣が確認されたと環境省は発表している.このようなタイミングで,本書が刊行された意義はとても大きい.なぜなら,本書はヒアリについて「正しく恐れる」ことを科学の目で教えてくれるからだ.

書名が示すとおり,本書はヒアリだけでなく,それ以外の外来アリと在来アリの生態や防除について多角的な視点からわかりやすく解説されている.本書を読むと,世界はいかに侵略的アリ類の驚異にさらされているのかがよくわかる.日本の在来アリもまた海外で侵略種になっている.

本書は編集者自身によるヒアリの生活史と生態と,侵略アリが人や生態系に及ぼす被害についての概説から始まる(1章).そのあと女王アリの驚くべき長寿や精子が女王アリの体内で数年も生存できる話(2章),アリによる刺症に対する人体の反応について,とくにヒアリ刺症と皮膚炎のメカニズム(3章),充実したアリ類のオンラインの分類データベース(4章)へと話は進む.

次に,侵入したアリが在来アリ類を駆逐する進化的な理由,どのような条件が揃うと侵略アリが分布を広げやすいかがアリの社会構造の進化とともに述べられ,あるいは突如として侵略アリが消失する可能性についても推察があり興味深い(5章).

そしてアリ類と植物の共生関係についての興味深い話題(6章),近縁種アカカミアリとヒアリの関係(7章),最初に広島に侵入したアルゼンチンアリの巨大スーパーコロニー(8章),アシナガキアリの栄養卵(9章),南西諸島では普通種のヒゲナガアメイロアリが世界に侵略した歴史(10章),ツヤオオズアリ個体群のあいだで見られる巨大頭のサイズが異なる謎の現象(11章),侵入先の米国では食性を変化させている日本在来のオオハリアリ(12章),単為生殖で未授精の女王アリから新女王が生まれ,オスアリが父親のクローンとして生まれるという近親交配にとても強い繁殖システムを持つコカミアリ(13章)へと読者を飽きさせることなく話は続く.

最後の14章では,世界各国におけるアルゼンチンアリとヒアリの侵入の現状と防除の課題の話題で締めくくられる.初期防除に成功した国,失敗した国の事情も伺え,アリのみにあらず外来生物の駆除においてとても参考になる指摘がされている. こうした構成のお陰で,関心のある章のみを読んでも興味があるが,一冊の本として通読して評者は外来アリの姿と世界における現状の一片をよく捉えることができた.

アリ類は生物多様性の驚異に加えて,人間の生活に直接害を及ぼすため,環境省と都道府県の対策課が最前線で防除の指揮をとる.コンテナ等により港湾などに侵入するため,国土交通省や市町村の担当者が現場で防除にあたる.本書では,クリスマス島では種子散布者であるカニを侵入アリのアシナガキアリが捕食することで植性も変わってしまった事例が紹介されている(9章).またアリは作物の害虫であるカメムシ目昆虫の増殖を助けることもあり,米国に侵略したオオハリアリでは,侵略当初は,侵略地のアリや動物類を餌としていたが,定着するにつれ,植物食への移行も観察されたという(12章).さらに日本で分布を拡大しつつあるアルゼンチンアリはアブラムシなど植物害虫の増加を加速させ,花粉媒介昆虫を捕食し,送粉生態系をかく乱させると言う(14章).

間接的であれ植物に害を及ぼす可能性があるのであれば,侵入アリがもたらす諸問題は,社会と生活における影響のみならず,本学会の主要な構成員である植物防疫関係者にとっても他人ごとではないのではないか,と評者は考える.

本書は,日本で第一線のアリ研究者の多くを執筆者に揃えている.平易な文章で書かれており,地球をアリの惑星と言わしめるほど,そのアバンダンスの多いアリという生き物を,とくに外来アリに着目して,正しく知る機会を与えてくれる絶好の著と言える.最後に各章のタイトルを執筆者名付き(敬称略して失礼します)で書いておく.

  • 1.外来生物としてのアリ〔橋本 佳明〕
  • 2.増殖マシンとしてのアリ〔後藤 彩子〕
  • 3.刺す虫としてのアリ〔夏秋 優〕
  • 4.外来アリの分類学〔吉村 正志〕
  • 5.外来アリの社会生物学〔辻 和希〕
  • 6.アリをめぐる種間相互作用と外来アリ〔上田 昇平〕
  • 7.ヒアリとアカカミアリ〔坂本 洋典〕
  • 8.アルゼンチンアリ〔井上 真紀〕
  • 9.アシナガキアリ〔YANG Chin-Cheng/翻訳:橋本 佳明〕
  • 10.ヒゲナガアメイロアリ〔伊藤 文紀〕
  • 11.ツヤオオズアリ〔菊地 友則〕
  • 12.オオハリアリ〔末廣 亘〕
  • 13.コカミアリ〔宮川 美里〕
  • 章コラム 新顔の侵略的外来アリ―ハヤトゲフシアリ〔岸本 年郎〕
  • 14.外来アリ防除の手法と課題〔五箇 公一・坂本 佳子〕

(岡山大学 宮竹 貴久)