応動昆、持続可能な社会を目指して: 一般社団法人 日本応用動物昆虫学会

「ただの虫」を無視しない農業 -生物多様性管理-

(2004年6月 1日公開)

  • 桐谷圭治 著
  • 出版: 築地書館
  • ISBN: 4-8067-1283-3
  • 2004年、192頁、2,400円(税別)

日本を代表する生態学者、応用昆虫学者として著名な桐谷圭治氏が70歳代半ばにして、一人で書き下ろした著書が出版された。和歌山県や高知県の農業試験場で1960年代から化学農薬の乱用に警告を発し、減農薬害虫防除、のちに総合的害虫管理(IPM)と言われる考え方を提案し、実証してきた桐谷氏がIPMの行き着く先は総合的生物多様性管理(IBM)でなければならないという氏の最近の主張を、本書で展開している。

本書は第1章:農業の将来、第2章:化学的防除の功罪、第3章:有機農業の明暗、第4章:施設栽培の生態学、第5章:総合的生物多様性管理(IBM)の5章で構成されており、巻末に1800年代後半からの日本と世界で起こった特筆すべき事象をまとめた、害虫防除の年譜がつけられている。

言うまでもなく、ここでのIBMは、米国の有名なコンピューター会社のことではなく、Integrated Biodiversity Managementの略語で、桐谷氏によると「ただの虫の世界」なのだそうである。その意味するところは、農業生態系の多様性を保つことで、特定の害虫の多発生が抑制されるであろうと予測されることから、できるだけ生物多様性が保たれるような生態系を作り上げていこうというものである。これまでの害虫防除は、水田、畑地、果樹園などの作物ごとを対象に個別に行われてきた。しかし動物の多くは、それら生態系の区分とは関係なく生存の場としている。例えば、ウンカ、ヨコバイの天敵のコサラグモ類は、畑地ではハスモンヨトウの重要な天敵でもあり、季節的に水田と畑地の間を移動している。もちろん果樹園にも周辺の草地にも生息しており、何らかの働きをしているであろう。この場合、「近代農業」を熱心にやっている畑地の隣の水田で、「環境保全型農業」を試みても成功しないであろう。地域に存在する各種農業生態系をパッケージにして、総合的な管理を目指すべきであるというのが桐谷氏の主張である。

先にも述べたように、桐谷氏は既に70歳代半ばであり、いわば老人である。老人が何かを書くと、とかく内向きの思い出話になりがちである。そして古い時代を知らない若者にとっては、それは面白くも可笑しくもない。しかし本書に限っては、そのような先入観を持たないで、是非一度実際に手にとって見ていただきたい。現職を引退してから10年以上にもなるが、今でも学会や各種の研究会の前席でこの人を見かけないことが無い。それほど熱心に勉強し、現場の若い人を知り、どん欲に新しい情報を集めている。もちろん、桐谷氏の思想の原点は、和歌山や高知の害虫防除のフロントでの体験であり、その時代に得たデータが論理の基礎を成してはいるが、それに最新の豊富な情報を加えてIBM理論を展開していることを知り、読者は何がしかの対価を払ったことに満足する筈である。

(岡山大学農学部 中筋房夫)