応動昆、持続可能な社会を目指して: 一般社団法人 日本応用動物昆虫学会

書評 幻のシロン・チーズを探せ

(2022年3月 5日公開)

基本情報

書誌名:
幻のシロン・チーズを探せ
著者・編者:
島野 智之
出版日:
2022年2月24日
出版社:
八坂書房
総ページ数:
208
ISBN:
978-4-89694-295-8
定価:
1,800円 (税込 1,980円)

島野さんが,チーズの本を書いたという.島野ファンであれば,「ああ,あのダニチーズの話ね」とすぐさま分かるわけだが,彼の書く本にはハズレがないので取りあえず読んでみた.うむなるほど,これはチーズにかこつけたダニの本ではなく,まさしくチーズの本であった.

土壌ダニの専門家である島野さんは,フランス国立科学研究センターに招聘された2009年,ふと近くのマルシェで買ったチーズの表面にいるダニを,持参した顕微鏡で観察する(してしまう).美食家で旅好き,しかも気になったことはどこまでも追求せずにはいられない情熱家の島野さんであるから,すでにこの時点でこの本のプロットは出来上がっていたと言ってよいだろう.生物学者島野博士は,旨いチーズとダニの関係を求めて,ヨーロッパの旅に出る.

ヨーロッパにはナチュラルチーズの深い文化がある.私もフランスで開催された学会のコーヒーブレイクで,ものすごい種類のチーズが出てきて驚いたことがある(ついでながら,昼間からワインが出たことにも驚いた).ずらりと並んだチーズは,見た目は似ていても,それぞれに味と香りがまったく異なっていて面白い.ただし,説明書きがないので,どれが何だかちっとも分からなかった.ちなみに,連れて行った日本の学生たちは,くさいとかまずいとか言ってほとんど手をつけなかった.まあ,お子様の舌にはこの奥深さは判るまい.

この本を読んで,私がフランスの学会で知ったナチュラルチーズの奥深さの意味がよく分かった.ヨーロッパでは,原料となる乳を作る家畜の餌から,乳酸菌や乳を凝集するための酵素のチョイス,さらに風味付けに植え付けるカビまで,生産者それぞれが受け継いできた製法を大事に守りながら丁寧にチーズ作りがされていたのだ.

そして,本命のチーズダニの登場である.ヨーロッパには意図的にチーズ表面にダニを付けて熟成させるものがいくつかある.まだ島野さんの本を読んだことがない人は,えーっ,チーズにダニ!と思うかもしれないが,実は日本のスーパーなどでも見かけるようになったオレンジ色のチーズ「ミモレット」も,熟成段階ではダニを使っている.

しかし,情熱家島野博士の探求はここで止まらない.チーズダニが味を決めるというが,ダニの種はチーズ生産者ごとに異なっているのだろうか?ダニが分泌するというレモンの香りの成分は果たしてチーズに入り込んでいるのだろうか?答えを求めて遺伝子解析と化学分析までやってしまい,そして,さいごに島野博士の結論が出る――「これが僕の結論だ」(p.192).

皆さんもその結論とやらを知りたいでしょう.そっと教えたいところではあるが,ここはやはり島野さんとともに本の中で旅をしてから知る方がいい.絶対にチーズとワインが欲しくなる.かくいう私も,さっそく近所のスーパーにチーズとフランスワインを買いに走った.かろうじてフランス産のミモレットが売っていたが,もちろんダニが関わってデコボコになっていたはずの表面は丁寧に取り除かれていた.その薄っぺらいミモレットを噛みしめながら,私も島野博士の「結論」の意味を味わった.

  • 目次
  • まえがき
  • 序章 チーズにシロン?
  • 第一章 ドイツ,ミルベンケーゼへの旅
  • 第二章 "チーズ職人"はいつから人と共にいる?良いダニ・悪いダニ ~チーズのダニと仲間たち~
  • 第三章 チーズの歴史は人とダニの歴史
  • 第四章 フランス,ミモレットへの旅
  • 第五章 フランス,アーティズーへの旅
  • 終章 ダニは神様の贈り物
  • あとがき

大場 裕一(中部大学応用生物学部)