応動昆、持続可能な社会を目指して: 一般社団法人 日本応用動物昆虫学会

書評 雪と氷にすむ生きものたち  雪氷生態学への招待

(2024年1月15日公開)

基本情報

書誌名:
雪と氷にすむ生きものたち  雪氷生態学への招待
著者・編者:
竹内望,植竹淳,幸島司郎 著
出版日:
2023年7月
出版社:
丸善出版
総ページ数:
194
ISBN:
978-4-621-30822-6
定価:
3,080円(税込)

本書は積雪や氷河の上に住む生物(昆虫,微生物)を扱っており,なんてニッチな本だろうかと初めは感じたのだが,読み進めるうちに,とてつもなく遠い世界まで連れて行かれてしまう稀有な体験をさせられた.有機物の乏しい雪の上や氷河の上にも虫は生息していて,カワゲラ,ユスリカ,トビムシ,線虫,ワムシがその主役となる.加えて,雪の上で繁殖する藻類,菌類,バクテリアが知られている.本書は,それぞれの生物の寒冷適応や生活史に目を配りながらも,こうした生物が地球環境全体に与える影響にも焦点を当てている.さらには,宇宙のほとんどは極低温であることから,地球上の雪氷環境を研究することは,宇宙研究(地球外生命探査)に通じることが示唆されている.

第1章では,氷雪上に現れるさまざまな生物が概説される.セッケイカワゲラ類,クモガタガガンボ,ヒョウガユスリカ,氷河ミジンコなどに加えて,雪や氷河の表面では様々な微生物によって雪が彩色される現象が述べられる.第2章では,日本の雪上性昆虫の生活史,行動,繁殖が述べられ,彩雪現象を引き起こす藻類の生活史について詳しく語られる.ここで驚かされたのは,氷核活性細菌Pseudomonas syringaeである.降雪は単なる物理現象と思い込んでいたが,P. syringaeは氷核活性のある親水性タンパク質を持つため,大気中で雪の結晶の核となりやすく,降雪とともにこのバクテリアは地表に降りてくるという.ということは,雪というのは,細菌の延長した表現型だったのだろうか?!大気中に巻き上げられたP. syringaeが地表に戻るための乗り物として雪を発明したとすれば,雪に対する見方が根本的に変わってしまう.生命が存在しない(とされている)他の天体では,雪は降らないのだろうか?

第3章では,ヒマラヤ氷河の昆虫類と生態系について述べられている.有機物の乏しい氷河の環境でも無翅のヒョウガユスリカが見出されている.本種の幼虫の食べ物が特異で,氷河上の黒い泥の粒,クリオコナイトを食べているという.クリオコナイトは,鉱物粒子,腐植物質,シアノバクテリアが結合したもので,シアノバクテリアの成長によって毎年大きくなっていく.クリオコナイトは集合すると太陽の熱を吸収し,氷河に多数の孔(クリオコナイトホール)を開けていくという.氷河の昆虫に関しては,捕食者や寄生者について全く触れられていないが,こうした食物に乏しい環境では,天敵フリーの生活が可能なのだろうか.

第4章では,雪氷生物の寒冷適応について生理的な側面から述べられている.寒冷下で生命を維持するための耐凍性の獲得や特殊なATP酵素,特殊なヒートショックタンパク質を有することが指摘されている.雪を様々な色に染め上げる赤雪藻類やシアノバクテリアは世界中の極寒地に見られるが,遺伝子解析によると,北極と南極に分布する汎存種がいるという点が興味深かった.こうした藻類は大気中を長距離にわたって移動できるのだろう.その一方で,地域固有種も知られていて,各地の雪氷藻類には両タイプが混じっているとのことである.第5章では,世界の雪氷生物と氷河生態系の特徴が,探検記録とともに述べられる.パタゴニア,アラスカ,グリーンランド,アジア山岳地域,ウガンダの氷河,コロンビアの氷河に見られる生物が概説されている.昆虫類とともに,各地の氷河では雪を着色する雪氷藻類が氷河生態系を特徴づけることが理解できる.

第6章では雪氷生物と地球環境,地球外生命探査について述べられている.雪氷微生物は各地の山岳氷河や北極圏の雪を黒,茶色,赤,紫などに着色する結果,太陽光反射率を下げ,氷河の表面融解速度が加速される.ヨーロッパアルプスの氷河での12年間の調査では,太陽光反射率が年とともに低下する傾向(暗黒化)が確認されている.温暖化によって雪氷藻類が増殖した結果,暗黒化によって氷河や氷床の融解が温度の影響以上に促進されるのだという.雪氷生物は着色によって自らの生存基盤を破壊するようなことをしているようにも見えるが,微生物種内の増殖競争が自滅的な結果を生んでいるように思われる.第6章を読むと,昆虫よりも微生物類が地球の歴史に深く関わっており,奥の深い研究ができそうだという感想を持った.アイスコアを採取して調べてみると,1万2500年前のシアノバクテリアは現生種と同種であることや,過去の種と現生種の間でITS領域の塩基置換数を正確に推定できることが興味深かった.7億年前には地球が全球凍結したと考えられており,この時期,生物は火山の周辺やクリオコナイトホールで生き延びたことが指摘されている.

視点を宇宙に移すと,火星では極地に巨大な氷床が確認されており,雪氷微生物の存在の可能性が議論されている.木星の衛星エウロパは全体が氷で覆われるが,内部に海の存在が推測されていて,ここでも地球外生物の調査が始まっている.地球上では,雪氷環境は極めて限定的だが,宇宙では雪氷環境こそが生命を育む場と考えられているのだ.宇宙の視点から見れば,植物を利用する昆虫を研究する方が,よほどニッチなテーマだということになりそうである. 本書に出てくる「ユキムシ」とは雪面を生活の場とする節足動物全体に対して使われている一般名称である.評者は北海道の豪雪地域に住んで「雪虫」の研究を行なっているが,北海道の雪虫はアブラムシ科ワタムシ亜科のアブラムシのことを指していて全く異なる生物である.名前が似ていることから読み始めた本書であるが,全く知識がなかった雪に関わる微生物に関しても多くのことを学ぶことができた.雪氷環境にこだわり,対象生物を広げることによって,研究をうまく展開できた事例として,本書を推薦したい.

秋元 信一 (北海道大学総合博物館)