新刊紹介: 闘う微生物--抗生物質と農薬の濫用から人体を守る

人類は長い間、多くの病気と闘って来た。また、農作物の病害虫にも悩まされて来た。20世紀半ばに開発された抗生物質と農薬は、これらの病気と病害虫に卓効をあらわし、問題は一見解決したかに思われた。しかし、これらの薬品の濫用の結果、抗生物質や農薬に抵抗性を示す病原菌や病害虫の系統が現れた。また、自然に存在して、病気や病害虫を抑えていた多くの有用微生物や天敵類が失われた結果、新たな病気や病害虫が発生するようになった。本書は、こうした問題の解決のために行われている21世紀の革新的技術について多くの実例を紹介し、これまでのように人類が自然と対決するのではなく、自然を味方につけることを主張している。

第1部「自然の味方」では、自然にある私達の味方になる微生物について述べている。これまでは、自然には特定の病気や病害虫が単独に存在して人や農作物を襲うと考えられて来た。しかし、これらの微生物は他の多くの無害な微生物と共存して「微生物群」を形成し、競争しあっている。人体にも多くの微生物がおり、そのうち、病原性のあるものが優勢になった時に病気が発生する。農作物の場合には土の中の微生物群が、特定の病原菌が多くならないように働いている。しかし、抗生物質や農薬が、こうした「微生物群」を無差別に攻撃した結果、人の病気や作物の病害虫を増やす結果となっている。

第2部「敵の敵は友」では、私達の敵である微生物と闘っている微生物や自然の化学物質を、私達の友としていかに利用すべきかについて述べている。ある病原菌は、それを特異的に食うウイルス―バクテリオファージによって制御される。作物害虫の場合には、昆虫の雌雄の交信のために使われている性フェロモンを製剤化して畑に充満させることによって、害虫の交尾妨げて、防除の目的を果たすことができる。さらに、害虫の被害を受けた作物が、ある化学物質を放出することによって、さらに害虫が来ることを防ぐとともに、害虫の天敵を呼び寄せる働きがあることが分っている。

第3部「遺伝子が世界を変える」では、病原微生物を抑えるための遺伝子組み換え技術の利用について述べている。昆虫の病気をおこすバチルス・チューリンギエンシス(Bt)のDNAを遺伝子組み換えによって組み込んだ作物は大豆、コムギ、アブラナ、ワタなど多くの作物で実用化されている。著者は遺伝子組み換えへの反対論があることについては、病害虫抵抗性の品種を短期間に育成するための遺伝子組み換えのような技術は認めるべきだという。また、インフルエンザのようにそのウイルスの系統が毎年変化する病気に対応して、速やかにワクチンを作ることも遺伝子組み換えによって容易になっている。

第4部「敵を知る」では、病気の原因が不明な場合には抗生物質や農薬が無差別的に使用され易いことから、人や作物の病気の原因をより早く正確に診断する方法について述べている。かつては、専門家の不在や、都会から遠隔の地では病気の原因が容易にわからなかったが、病原体のDNA塩基配列を簡単に判別する機器によって診断が可能になり、またスマートフォンに代表される情報通信機器の発達が作物病害虫の映像による診断を加速しつつある。

著者がこの本で強調しているのは、人間の健康と食物を守るために抗生物質の有効性を維持し、農薬の使用を減らすことである。そのためには、最近のゲノム学、コンピューター科学の進歩を取り入れ、自然と敵対するのではなく、自然を味方につけた解決法を生み出すことが大切であると述べている。

筆者が作物病害虫防除の研究を始めた1960年代は「農薬全盛」の時代であった。しかし、人畜毒性、天敵の減少、薬剤抵抗性病害虫の出現など、さまざまな農薬の問題点が明らかになった。そこで、1970代から、農薬の使用を最小限に減らすために、天敵利用、性フェロモン剤、病害虫抵抗性品種、物理的防除法などをとりいれた総合的病害虫管理(IPM)の研究が始まり、筆者もその一翼を担って来た。このたび本書の原書を読んで、同じ問題が医薬にも及んでいることを知り、翻訳するとともに、IPM研究がこれから益々盛んになることを願って、ここに紹介するものである。