著者の徳丸氏は、京都府農林水産技術センターで現場をフィールドとして活躍する気鋭の害虫研究者であり、本書のテーマでもあるハモグリバエ類の研究では学位とともに本学会の奨励賞も受賞している。本書は、ハモグリバエ類の防除指導書というニッチな書物であるにもかかわらず、バイタリティあふれる著者らしくボリューム感にあふれ、現場での利用価値の高い内容となっている。
農作物害虫としてのハモグリバエ類は、1990年にマメハモグリバエが国内に侵入するまではマイナー害虫の域を出なかった。しかし、マメハモグリバエ侵入以後、トマトハモグリバエ、アシグロハモグリバエといった海外でも大暴れしていた侵入種に加えて、ナモグリバエなど在来種までもが一部作物でメジャー級に昇格し、一躍ハモグリバエ類は野菜・花卉類の重要害虫になってしまった。特に、寄主範囲の広いLiriomyza属の侵入種は様々な農作物で大きな被害を発生させたが、形態的に類似するため海外の文献ではまとめてLiriomyza spp.と記載されていることも多い。一方、本書では、ことさらに種の識別にこだわり、鮮明な写真やわかりやすい図を添えて現場でも使える簡易識別フローチャートを巻頭カラーページに掲載している。これは、同属であっても種によって薬剤感受性に差異があるため、現場では種を識別することが防除成功の第一歩であることを、著者が身をもって実感しているためであろう。もちろん、現場第一主義の著者らしく、ハモグリバエ種別の薬剤の効果一覧表といった、農薬メーカーが目くじらを立てそうな大事な情報も包み隠さず掲載している。さらには、16品目もの農作物についての丁寧な防除マニュアルを掲載しており、これには京都では栽培されていないテンサイまで含まれている。つまり、これ一冊で北は北海道から南は沖縄まで全国のハモグリバエ防除対策が網羅されることになり、巻末には作物別農薬適用一覧まで付けたハモグリバエ専用防除基準のような書物となっている(このシリーズは、基本そのような体裁である)。ハモグリバエを専門としている著者とはいえ、これだけ多岐にわたる情報をまとめあげるのにはたいへんな労苦があったのではなかろうか?聞けば予定よりも出版がかなり遅れたという。農薬の登録情報は日々変化するのでその辺の事情があったのかもしれないが、日常の試験研究業務をこなしつつ本書のような正確さも求められる著作(特に農薬登録情報)を執筆すること自体たいへんな重労働であり、著者のあふれるエネルギーにはいつもながら感服してしまう。
なお、ところどころに挟み込まれたコラムについても、マメハモグリバエとトマトハモグリバエの種間交雑の話など著者ならではトピックが興味深い。欲をいえば、世界的にはマメハモグリバエやトマトハモグリバエと同格の大害虫とされ、過去にはオランダのアブラナ科やインドネシアのバレイショで大発生したらしいアシグロハモグリバエがなぜ日本ではあまり問題にならないのか、著者の意見を聞いてみたい気がした。
本書に掲載されている情報には農薬などの防除情報だけでなくハモグリバエ類に関する最新知見も少なくない。生産者、普及員などの現場指導者のみならず、病害虫防除所や現場対応の多い試験研究機関の諸兄にも一読をお勧めしたい。