本書は,「ヒトと生息環境を共有している動物で,ヒトの健康になんらかの害を与える動物」(本書より引用)と定義された衛生動物を,網羅的に取り扱うことを試みている.衛生動物というと,蚊やマダニ,あるいはゴキブリなどを思い浮べがちであるが,本書では昆虫やダニ類だけでなく,ネズミやイタチ,ヘビ類,鳥類にまで対象が及んでいる.様々な分類群の動物を対象とするため,日本衛生動物学会の会員を中心に,73名もの専門家が執筆者に名を連ねている.
前半の総論(第1章)では,衛生動物そのものや,関連する用語の定義・説明,衛生動物のヒトへの健康被害,調査法や防除法などについて概説している.後半(第2~6章)では,疾病媒介,吸血被害,咬傷・刺傷,不快,衣食住への被害に関わる各々の衛生動物の分類や生態,それらへの対策について記述されている.索引を利用すれば,「辞典」としても利用できるが,あえて「事典」としているのは,それぞれの事項をより詳しく解説することを企図したものだと思われる.衛生動物学では多くの専門用語が用いられるが,それらについても図解等で平易に理解できるように工夫されている.全体を通読すると,同じ内容が繰り返し記載されている例が散見されるが,逆に各項が独立,完結した形式になっているので,どこからでも読み始めることができる.また,編者は本書を「衛生動物学に関するナビゲーター」と位置付けており,初めて本分野に接する読者への入門書としても,配慮された構成になっている.
本書を読み進めるにつれて,一般には"あまり仲良くなりたくない"衛生動物の身近な存在に気付かされるとともに,却って,そのユニークな生態や人との関わりの歴史に引き込まれていく.また,それぞれの専門家の対象動物への博識ぶり(幾分かの愛情も含まれる)にも改めて感銘を受けるところであり,博物学的な読み物としても面白い.フィールド調査を通した経験が,細やかな観察に基づく,臨場感あふれる文章に生かされているのであろう.
前世紀からの気候変動やグローバル化の影響により,衛生動物の分布地図は大きく変化しており,世界中で衛生動物により媒介される新興・再興感染症の発生が相次いで報告されている.にもかかわらず,衛生動物学を体系的に学ぶことができる機会や場所は,国内では年々減少の一途を辿っていると伝え聞いている.編者は,なるべく若い研究者を執筆者として選んだことを述べているが,ベテランが担当した項目も多く見受けられ,この分野の後継者の育成が急務であることがひしひしと感じられた.本書が,これから研究者や専門家を志す学生諸子の手に取られ,衛生動物学の世界へと誘う道標となることを期待したい.
本書の内容
- 第1章 総論/定義・歴史・被害・分類・形態・生理生態・採集・調査・対策
- 第2章 病気をはこぶ
- 第3章 人に住みつく/血を吸う
- 第4章 刺す・咬む/毒液を出す/毒毛で刺す
- 第5章 不快
- 第6章 食品・衣類・家屋・文化財等に加害する