病院では,医師の机の上に症例画像による診断本が置いてあることがある.世にあまたある健常ではない症状を適切に診断するためには,経験に加え症例画像をまとめた書籍を用いることは有効である.そのようなビジュアル面から樹木病虫害診断を補佐する書物を心から望んでいた.そこに美しいカラー写真から花木・観賞緑化樹木の異常症状を診断できる本書が発行された.この診断図鑑は,病害編と害虫編の2分冊となっており,この書評では主に害虫編について紹介する.編著者は,東京都や神奈川県の農業試験場や病害虫防除所などで農業病害虫対策などに長く従事した方々であり,その経験を十分に反映させて,害虫の発生や被害の記録を本書にまとめている.まず本書が紹介している樹種の多さ,そして害虫種の多さに圧倒される.そして本書は,緑化樹木・花木の生産者,それらを守り支援する樹木医,また樹木を愛する全ての人が異常な部位を見て思う「なんだこれは」に対して,多くの解が示されている.
- 害虫編は以下の構成となっている.
- 第1部 花木・緑化樹木の主要害虫 ~寄主・生態・形態・被害・対処~
- 第2部 緑化樹木害虫の土着天敵 ~捕食性・寄生性の昆虫/クモ類~
- 第3部 花木・緑化樹木の害虫診断および対処方法
第1部では〈寄主〉〈生態・形態〉〈被害〉〈対処〉の項目を設け,樹木類に発生する500種以上の害虫について,被害写真や各発育段階を中心に診断に役立つ2,000点以上の写真,そして診断や同定に必要な情報を簡略に記述してある.もちろんクビアカツヤカミキリやクスベニヒラタカスミカメ,タイワントガリキジラミなどの侵入害虫や,トベラに発生する2種のキジラミ類,ツツジ類に発生する3種のコナジラミ類など,最新の情報等も豊富に掲載されている.第2部は,緑化樹木等の植栽現場でよく見られる捕食性および寄生性の有益な土着天敵40種以上の写真と解説から構成されている.身近に見られる天敵についての知識が深まることで,害虫防除にそれらを活用できることにも繋がるであろう.第3部は写真はモノクロではあるが,編著者の現場経験による害虫の種類と見分け方のポイント,発生生態と被害の特徴,対処法などの基礎的および応用的な知見が示されており,これらの知見は害虫診断とその防除対策の構築に不可欠なものとなるだろう.また巻末には樹木別や害虫種名など5種類の索引が工夫されていて,利便性が高い.
害虫がいるから,と無用な枝切りや伐採が行われたり,害虫がいてもいなくても一律に薬剤散布が行われてしまっていることも多い樹木管理の現状であるが,加害している種を正しく同定することや,被害の特徴を知ることから,知識に裏付けられた適切な防除を行うことができ,そこから自然環境に負荷が少ない方法でコントロールしていくことも可能であろう.
近年ますます多様になっている花木・緑化樹木をさまざまな病害虫から護り,健康に育てることで,豊かな環境を維持していけるように,編者たちはこの大著をまとめ上げたのであろう.多くの樹木管理者が本書を座右に置くことで,身近な緑化樹の障害を正しく同定し,病害虫の生態への理解が深まることにより,花木・緑化樹木の管理が大きくバージョンアップしていくことを期待したい.