書評「ダニが刺したら穴2つは本当か?」

この本の中にあった「ダニと僕」という一節が,読了後も私の心に刺さっている.

著者は,数あるダニの中でもほとんど人畜無害な「土壌ダニ」の分類学者.新種を求めて,世界中を駆け回っている.冒頭に挙げた「ダニと僕」の一節は,そんな著者が調査で南西諸島を訪れた際,台風で足止めをくらってしまったときの話だ.宿屋の二階でひとりやることもなく,荒れ狂う風の音を聞きながら著者は「なぜ私は,よりによって人には害のないダニを研究するのか」「そこに意味はあるのか」と自問するのである.

この本はどこを読んでも面白い.世界中の多様なダニの不思議,電顕写真でみるダニの緻密な形態の美しさ.成りゆき上チーズダニを探して世界を旅することになり,そこでわかったチーズのおいしさとダニの関係(実はあんまり関係なかった!).ツイッターの投稿写真で見つけた新種のダニに,twitterと種小名をつけた話.テレビに出演した時,タレントさんに「ダニに刺された傷は2カ所なんですよね」と聞かれて答えられず,これまた成りゆきで調べることになって,わかったこと.軽妙に語られるダニの話題に引き込まれるが,その行間には,はやり「そこに意味はあるのか」という自問に対する思索の跡がそこはかと漂う.

「そこに意味はあるのか」.これは,土壌ダニの研究では特にそうなのかもしれないが,研究者ならば誰しも多かれ少なかれ頭をよぎる問いではないだろうか.私は発光生物を専門にしているが,最近,自信満々で発表したホタルの研究に対して,「コロナの最中,それって今やること?」というコメントがあった.確かに,今やらなきゃならない研究かと言われると,そうじゃないよなという気もしてきて,心が揺らぐ.

この本の著者も,いまだ答えは見えていない.どうでもいい研究をしている変な研究者をアピールするのも違うと思っているし,「ダニってほら,よく見るとすごく美しいでしょ」といった共感の押し付けもしたくない.実は役に立つかもしれないんです,とは言っているがそれだけじゃないと思っている.

おそらく本学会員の皆さんも,ひとりひとり自分だけの「◯◯と僕」をお持ちのことと思う.そうした科学へのひたむきな情熱に溢れた皆さんにこそ,ぜひとも島野さんの「ダニと僕」を読んで,改めて「私の研究とはなんなのだろうか」と自分に問いかけ直してみてほしい.答えはすぐには見つからないかもしれないが自分に問いかけることが大切なんだ,ということを本書は私に改めて気付かせてくれた.

  • 目次
  • 第1章 春から初夏のダニ
    • 春告げダニ
    • すごいダニ
    • ダニが翔んだ日
  • 第2章 夏のダニ
    • 南海の孤島でダニと遊ぶ
    • ハチドリとダニ
    • ダニと僕
    • ミクロマガスのダニたち
    • ダニと薔薇の日々
    • ダニが刺したら穴2つは本当か?
  • 第3章 秋から冬のダニ
    • チーズダニをめぐる旅
    • トキと空飛ぶダニを探す
    • 秋のダニ,冬のダニ,雪の下のダニ
    • 世にダニの種は尽きまじ
  • おわりに
  • 引用文献・オススメの本