休眠の昆虫学 季節適応の謎

  • 田中誠二・檜垣守男・小滝豊美 編著
  • 出版: 東海大学出版会
  • ISBN: 4-486-01642-4
  • 2004年、329頁、3,200円(税別)

本書は田中誠二氏他2名の編集による昆虫の休眠に関する最近のトピックスを収録した専門書であり、弘前大学農学部の昆虫学者安藤喜一教授の定年退官を記念して出版されたものである。序章と第1部「季節と休眠」第1章:イナゴ類の卵休眠と季節適応を安藤氏が執筆している。普通休眠は冬の寒さに耐える備えとして発達した適応的性質であるが、イナゴの卵を冬に調べてみると、休眠に入る前のもの、休眠期のもの、既に休眠から醒めたものなどいろいろな胚発生の段階のものが混ざっている。これは秋に産卵された時期が違うことによる。冬にも温度が0度以下に下がらない土の中に産まれて冬を越すには、卵の状態が異なることは差し支えない。安藤氏はこのイナゴの休眠は、冬の寒さに耐えるというより、単に越冬前に胚発生が進みすぎないように調節するためのものであると考えている。休眠にも、その機能にはいろいろあることが分かる。第1部はこの他6名の分担者が執筆している。

第2部は「気候と休眠」で、生活史の気候適応理論で有名な正木進三氏、日本昆虫学会長の石井実氏他5名が分担執筆している。第3部は「厳しい季節を生き抜く仕組み」で、現在の昆虫学分野で唯一人の女性教授、後藤三千代氏と他3名が分担執筆している。第4部は「季節を読み取る仕組み」で、今年の日本応用動物昆虫学会賞受賞者の沼田英冶氏他3名が分担執筆している。第5部は「休眠のホルモン制御と人工覚醒」で、編者の一人の小滝豊美氏他4名が分担執筆している。休眠研究で最近進歩の著しい分子遺伝学的研究成果が随所に紹介されていることが、とくに本書の価値を高めている。

本書の執筆者は全部で24名にのぼり、いずれも活発に研究活動を行っている研究者である。日本の昆虫学の分野での生活史や休眠の研究者の層の厚さを感じさせる。とりわけ、正木氏の流れをくむ弘前学派ともいうべき研究者軍団の活躍が著しい。執筆者の中の少なくとも10名がそれであり、さらに彼らのお弟子さんたちも含まれる。創始者の正木氏が余りにも著名であるために、後継者の安藤氏はいくぶん地味な存在に見えるが、彼のバッタ目昆虫の休眠研究は最近になって広く知られるようになり、高く評価されている。学会などで旅行するときにも、必ずイナゴなどの研究材料を採集してまわる姿に、安藤氏の研究へのなみなみならぬ情熱を感じる。休眠は、移動分散とともに昆虫の生活史を理解する基本である。会員の方々に是非本書を読まれることをお勧めする。

(岡山大学農学部 中筋房夫)