「天敵活用大事典」と題する、B5判(一般的な大事典サイズ)で824頁(うちカラー口絵144頁)の本が、2016年8月に農文協から刊行された。これは、農文協が2004年に刊行した「天敵大事典」(上巻(572頁)、下巻(590頁)、A5判(学術書サイズ))を全面的に増補・改訂したもので、前書に比べ、著者数も62名から123名と大幅に増え、各項目の掲載順も一新されているので、内容的にも別の書籍ということになる。本書は、現在わが国で得られる、環境保全型農業における、天敵利用の基礎から応用に関するほとんどの情報を、幅広く網羅するという内容になっており、各県の農業改良普及センターや試験・研究センターだけでなく、病害虫防除関係の独立行政法人などの公的研究機関や、農業関連の大学の研究機関に常備すべき書籍であるといえる。
農文協からは、この書籍とは別に、加除式出版物として、1988~1998年に「農業総覧 病害虫防除・資材編 全11巻」が刊行されており(初回配本は第2巻)、こちらの出版物は、逐次シート(追録)が追加され、2015年(追録20号)では、第11巻「土着天敵・天敵資材編」の内容が追加・更新された。生物的防除に関する、科学技術の急速な進歩に対応するためには、加除式出版物というアイデアは、最新の知識や技術を迅速に取り入れられるという利点はあるが、学術研究論文等で引用する場合には、一般には、ジャーナルや書籍という形で出版されたものを引用する必要があり、製本された「天敵活用大事典」は、研究者にとっても便利である。また、加除式出版物の方は、11巻全巻を並べると、書架1段全部をほぼ占めてしまうという分量なので、個人で常備するというより、必要なときに、図書館あるいは図書室で利用するという出版物サイズである。一方、「天敵活用大事典」の方は、大辞典1冊分のサイズであり、机上に常備できるサイズである。
本書の構成は4部構成で、「天敵資材」「土着天敵」「天敵活用技術」「天敵活用事例」となっており、前半の「天敵資材」と「土着天敵」は、個々の天敵種について、種ごとの記述になっている。ここが「天敵事典」にあたる部分で、後半の「天敵活用技術」と「天敵活用事例」は、天敵活用法の解説集である。前半の「天敵資材」「土着天敵」のうち、「天敵資材」とは農薬取締法の対象になる天敵のことであり、これは、わが国の農薬取締法に従って、こうなっている。つまり、同種の土着天敵が、「製剤化」され市販されていれば「殺虫剤」となり、農家が自分で採集・増殖し、利用すれば「特定農薬」となる。しかし、自然に発生する土着天敵を「保護利用」すれば、農薬ではない。同じ土着天敵でも、採集・増殖すれば「農薬」であるという取り扱いは、世界的なスタンダードではないが、わが国の法律には従わざるを得ない。同じ天敵の記述が「天敵資材」と「土着天敵」で、複数回出てくるというのは、わが国ならではの特殊事情である。
次に、後半の「天敵活用技術」「天敵活用事例」は「天敵活用法」にあたる部分で、「天敵活用技術」には、「天敵の保護・強化法」と「天敵の同定法」の部分に分かれるが、「天敵の同定法」は、どちらかというと、前半の部分に加えるべき内容であったかも知れない。しかし、わが国における、総ての天敵種についての詳しい同定法が確立している訳ではないので、とりあえず「天敵活用技術」の一部として扱われている。一方、「天敵活用事例」は、先進的な活用事例を作物別に列挙してあり、まだ全体として体系化されたものではないが、応用の現場では、最も参考になる部分であるかも知れない。
本事典は、わが国における天敵活用技術に関する情報の、現在における総てを、何とか一冊の事典に集めたいという意気込みで編集されている。従って、現在進行形の形で、日々研究が進展している「天敵活用技術」の全部を、統一的にまとめることは不可能に近く、現時点では、この様な形になっているのは、致し方ないといえる。事典のような出版物は、実際に出版され、様々な部局で利用され、そこから寄せられる質問や要望を基に、何度か改訂することによって、より完成された形になっていくものであろう。農文協が、わが国における「天敵利用」の総ての情報を網羅する事典を企画し、出版にこぎ着けたということは、天敵利用にかかわる関係者にとって、とりあえず大きな朗報である。