新刊紹介「マルハナバチを使いこなす」

「メーカーマンの意地」

本書はマルハナバチの農業利用における使い方のコツやノウハウがつまった実用書である。環境科学を生業とする自分が、農業用実用書をレビューするというのも、何だか場違いな感じがしないでもないが、実は個人的にもマルハナバチとの付き合いは長く、それ以上に、本書の著者である光畑氏とは付き合いが深い。それゆえに、氏が渾身の思いで書かれた本書のレビューを当方にご依頼頂いた時は、職務とは関係なく、二つ返事でお引き受けした。

一読して、実に微に入り細に入り、マルハナバチ利用の技術的項目について、著者が蓄えてきて知識や経験談がぎっしりと詰め込まれており、当分はこれを超えるマルハナバチの実用書は出ることはないだろうというのが一番の印象である。本書を実用する農家さんにとって、特に作物別に使用方法が手引きされているのは実にありがたいに違いない。作物の花の質から、ハウス内の温度・湿度管理、農薬の使い方まで、読んでいて、農業という生産現場で生物資材を使いこなすためには実に細かい配慮が必要だということを思い知らされる。

マルハナバチに対してこれだけの細かい「心遣い」をして、初めてマルハナバチは使いこなせる・・・つまるところ、マルハナバチに対して深い愛情がなければ、彼らとの良好な関係は築けないということだ。ここに、実用と単なる研究の決定的な違いがあると言える。研究において、対象生物に過剰な愛情を注ぐことは時として中立な科学的視点を曇らせてしまうリスクも伴い、どちらかといえば自制が必要となるが、実用ではむしろ逆で、徹底的にマルハナバチを愛して、マルハナバチの気持ちになって付き合うことが一番大切なことなのだと気付かされる。

偏に本書のこの充実した内容は、著者のマルハナバチに対する深い愛情があればこそ出来上がったものなのだと実感する。思えば私自身が著者と、マルハナバチを通じて出会ったのは今から20年以上も前のこと。当時はマルハナバチや生物農薬など農業用生物資材の黎明期であり、まだまだ化学農薬が農業現場で主流を占めていた時代でもあった。自分自身も化学メーカーで殺虫剤を開発していた身分から脱サラして今の研究所に転職を果たしたばかりの頃であり、この新しい農業資材の時代の幕開けに立ち会い、目を見張った。

あれから、徐々にではあるが、生物資材も成長を続け、日本応用動物昆虫学会の大会や会誌においても、成果発表の数は化学農薬を凌ぐほどになっている。それだけ、農業用生物資材の科学的データに対するニーズが高まっており、研究者の数が増えた証でもある。しかし、その研究を下支えしてきたのは、まさにこれらの資材を提供してきた企業であり、著者こそがその中心的役割を担ってきたメーカーマンである。著者の存在なくしてはマルハナバチも生物農薬もその発展はなかったと言っていい。

かつては、農水省を主体とした農業用生物資材研究、特に生物農薬に関する研究にかかっている予算は、生物農薬の市場規模よりでかいのではないかと、揶揄された時代もあったが、今やその構造は着々と変化してきており、企業が研究分野をリードする時代になってきている。欧米では当たり前であったこの産業構造がようやく日本にも根付きつつある。マルハナバチはまさに日本における農業用生物資材市場の夜明けを象徴する存在でもあり、日本の農業の未来を支える存在でもある。

この本が広く農業現場に普及して、農家さんたちとマルハナバチが元気に生産に励む姿がこれからも末長く日本中に広がっていくことを心から祈念してやまない。