本書は,著者である原有正氏が撮影した昆虫の超拡大写真集である.もともと原氏が開設している虫ブログ「ムシをデザインしたのはダレ?」(https://baba-insects.blogspot.com/)に掲載のミクロ写真が秀逸で話題となり,その中から選りすぐりの写真を書籍化したのがこの本だ.
実際,昆虫の高精細写真を集めた写真集は最近少なくない.その中で本書が個性を放っているとしたら,それは写真に宿っているコスモロジーではないだろうか.被写体の多くはそこらへんにいる誰も見向きもしないような小さな昆虫たちだが,ミクロの眼で見るとこんなに世界は美しかったのか!という歓喜が写真一枚いちまいに満ちているのである.実は撮影者の原有正氏,なんと高野山で修行された住職だという.それを知って私は,どこまでも整然と緻密に描かれた曼荼羅や,金色に鈍く輝く仏像を思い浮かべた.それらは宗教的な意味づけを抜きにして否応なく美しい.
本書は以下の項目で構成されている.
一寸の虫にも無限の宇宙/イシノミ カゲロウ トンボなどの仲間/カメムシの仲間/コウチュウの仲間/ハエやカの仲間/チョウやガの仲間/ハチやアリの仲間/クモなどの仲間/小さな虫の撮影術
原氏のブログタイトル「ムシをデザインしたのはダレ?」も,氏が真言密教の僧侶だと知ってしまうと,また実に意味深である.昆虫が美しいのは,デザイナーが私たちに見せるためにそうしたからではない.
では,デザイナーは不在なのか?「そうだ,デザイナーなどいない」と宣言したのは,ダーウィンである.しかしダーウィンは正しく理解していた.自然選択が生み出すデザインは,完全なのではなく,ただ競争相手よりもそれが優れているかどうかだけなのである.そこに,適応的意義による説明を超えた美の余地が生まれ,我々は背後にデザイナーがいるかのような幻を知覚する.たとえば,キラキラと虹色に輝く構造色を持った昆虫が本書でも多く紹介されているが,そのキラキラがすべて自然選択による適応の結果だとは私は思わない.おそらくそれらの多くは,クチクラ形成時にできた多層構造による副産物であり,そのキラキラが競争相手に対して特別に不利に働かなかったというだけに過ぎない.
もっとも,原氏の説明には仏教用語をちりばめたいかめしい思索などは一切なく,素直な観察(鑑賞?)の喜びがあふれている.たとえば,ウラギンシジミの幼虫の写真の説明「髪の毛の先端で少し突くと,お尻側の2本の突起からパッと線香花火のような毛束がでました.」お坊さんが小さな幼虫と戯れている様子が妙に可笑しみを誘う.ところで失礼ですが,髪の毛ありましたっけ?