日本のハマキガI モグリヒメハマキガ族(鱗翅目, ハマキガ科,ヒメハマキガ亜科) Tinea Vol.26 (Supplement 1)

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ハマキガ科Tortricidaeのヒメハマキガ亜科Olethreutinaeは日本産だけでも500種以上を含む大きな分類群である.本亜科は現在7つの族(tribe)に区分されているが,そのうち,日本産の本亜科の1/3以上を含む最大の族がモグリヒメハマキガ族Eucosminiである.本書では,本邦産の同族既知の38属216種の成虫標本と交尾器が写真で提供されており,交尾器を含む形態と生態情報が全種にわたって記されている.このグループには「農林有害動物・昆虫名鑑 増補改訂版」(日本応用動物昆虫学会)で林業害虫,果樹害虫として挙げられているものが28種も含まれる.

ハマキガ科の蛾は,森林や畑地の害虫相調査あるいは新たな道路やダムなどを建設する前に行われる環境調査などで,多数採集されるグループである.2013年に出版された「日本産蛾類標準図鑑IV」(岸田ら編,学研教育出版)では,536種ものヒメハマキガ亜科成虫の美しい標本写真がそろっており,翅の斑紋が良く見える標本なら,この図鑑で多くの種の同定が可能である.このように蛾では翅の斑紋を利用した同定が一般化している.そのため,筆者のような蛾の分類学者は,カーテン式のライトトラップなどで一個体ずつ虫体が傷まないように採集した後すぐに虫ピンに刺し,可能な限り翅の斑紋がわかる状態の展翅標本を作製する.

ところが,多くの害虫相調査や環境調査では,一晩に(あるいは一回の調査で)調査できる地点数を多くするために捕獲型のトラップや粘着トラップを使用する.捕獲型トラップでは,採集された蛾はとらえられた容器内で暴れるため,翅の鱗粉は剥げ落ちる場合が多く,時に翅の末端がボロボロに削れて翅型すらわからないこともある.こうなってしまうと,翅の斑紋や形態を利用した一般の図鑑による同定はお手上げとなってしまう.ハマキガ類のように虫体が小さくなれば,わずかに翅の斑紋が剥げ落ちただけでも,同定は至難の業となってしまう.

筆者は小蛾の分類学を専門としているため,このように捕獲型のトラップで採集され,虫ピンに刺されることもなく,翅の斑紋が剥げ落ちてボロボロになってしまった蛾の死骸が同定依頼として送られてくることが多い.このような場合に役立つのが,交尾器による同定である.ボロボロの死骸でも腹部が残っていれば,腹部を10%程度の苛性カリ水溶液で数分間煮ることで,容易に交尾器が取り出せる.

交尾器は蛾類の分類学者が新種の記載時に必ず使用する形質で,翅の斑紋同様に,そして時には翅の斑紋以上に種ごとの違いをはっきり示してくれる.しかし,日本産の様々なグループの小蛾の交尾器を一覧できる図鑑はこれまでに出版されていなかった.したがって,分類学の専門家のように交尾器形態だけから蛾の同定をするなら,日本産各種の記載分類の論文をそろえて同定に臨む必要があった.

本書はこのような手間を省いた画期的な「ミニ図鑑」であり,ハマキガ科ヒメハマキ亜科のモグリヒメハマキガ族であれば,日本産の216種の大きく解像度の高い成虫標本写真とオス交尾器写真がこの一冊で閲覧可能である.また,メスが未発見あるいは日本では採集されていない種を除いた209種に関しては,メス交尾器写真もそろえられている.しかもこれらの写真が,今まさに目の前で顕微鏡を覗いているかのように,鮮明なものだけで構成されているのも本書の特長で,ヨーロッパなどで出版されている同様の書籍よりもはるかに見やすく,著者の並々ならぬ分類への思いが感じられる.

ハマキガ類の同定に困っている農林業関係者や環境コンサルタント従事者などには必須の一冊といえる.「日本のハマキガI」というタイトルから,今後,他の族を扱った続編の出版が期待され,日本産のハマキガ類全体の同定が容易になるであろう.