「森林科学シリーズ」の1冊として,「森林と昆虫」なるタイトルの書籍が出版された.元来森林科学は裾野の広さが多くの他分野を凌駕し,非常に多様な内容を擁する(広義の)農学の一大部門であり,マルチディシプリナリーかつ地球規模的な様相を内在させている.その体系化を示唆する本シリーズは,これまでそういった試みがなされて来なかったこともあり,非常に期待が持て,実際多くの分野をカバーしている.
そういった一連の分冊の一つとして刊行された本書は,非常に重要な特徴を有している.それはヒトとの関わりの体系化である.「森林と昆虫」というタイトルはややもすると,重要な森林害虫種の生態と防除法の列挙ともなりがちであるが,本書は森林の昆虫の膨大な種多様性を前にその枚挙を最初から避け,その最新の全体像の理解に必要なヒトの影響の諸要因を軸に,森林という当該空間をはみ出し,昆虫(場合によっては生物全般)の生態学に共通する事項を森林昆虫を中心に広く解説することを試みている.これにより,昆虫全体の中で「森林昆虫」の特異性は決して強調されず,むしろ「地球昆虫」の一部としての位置づけがそこに現れる.そこで強調されるのは森林と昆虫の関わりよりはむしろ,ヒトと昆虫の関わりであり,これは完新世から人新世へと地球年代の劇的転換を遂げつつある現在の森林昆虫の実情を浮き彫りにする.ヒトが地球環境に及ぼす影響は資源や環境の過剰利用(オーバーユース)がまず指摘されるが,本書ではこれまで類書にはほとんど取り上げられなかったアンダーユース(放棄による持続可能性の衰退)にも脚光を当て,これを真摯に読み進むと,ヒト出現以前の自然,ヒトと自然の持続可能な共存,そして人新世のカタストロフィーの3つの流れが多元的に理解される.総勢8名の著者による分担ながら,一冊を通じての一貫した通奏低音的コンセプトが感じられ,内容的には悲劇ながら一つのドキュメンタリー的ドラマを読む想いがする内容となっている.一読を強く勧める次第である.