1993年に発効した生物多様性条約(Convention on Biological Diversity、CBD;1992年の国連環境開発会議で採択)は、遺伝資源(動植物、微生物、それらが含まれる土や水など)の単なる保護条約ではなく、経済条約的性質をもっています。つまり、生物多様性の保全、生物資源の持続的利用、そして遺伝資源の利用から得られる利益の公正かつ衡平な配分(= アクセス及び利益配分;Access and Benefit-Sharing, ABS)があげられています。この条約によって、資源提供国から遺伝資源を持ち出すことが制限されています。遺伝資源を利用するには、CBD第15条に従って、1)遺伝資源利用者(大学や企業など)は、資源提供国の中央政府や地方政府、時には地域社会などの利害関係者から「事前の情報に基づく同意(Prior Informed Consent, PIC)を得ること」と、2) 資源の提供と利用に直接係わる相互の機関 (学部や研究科以上の公的機関) 間で、遺伝資源の利用から得られる利益は「相互に合意する条件(Mutually Agreed Terms, MAT)で配分すること」について、誠実な契約を結んでおく必要があります。さらに、遺伝資源の素材そのものの移転を伴う場合には、素材移転契約(Material Transfer Agreement, MTA)を結んでおく必要があります。MTAは当事者間で相互に合意の上で締結するものですが、各国の法律で定められている場合もありますので、注意が必要です。ここで述べている海外の遺伝資源へのアクセスは商用利用だけでなく、学術分野の利用にも適用されます。つまり、研究者も対象であるということです。
さらに2010年の第10回生物多様性条約締結国会議(Conference Of the Parties、COP10)では、ABSに関する国際的な法的取り決めを定めた「名古屋議定書」が採択されています。日本は、名古屋議定書に対応する国内措置の検討(ABS国内遵守措置)を進めています。名古屋議定書は、50カ国が批准した日から90日後に発効しますので、2015年中に発効される予定です。国内措置も、これに照準を合わせていると思われます。従って、遺伝資源利用国である日本の研究者は、CBDの原則および2002年のCOP6で採択された「ボン・ガイドライン」で推奨されているルール(PICとMATの誠実な契約)を遵守し、それに沿った対応を取っておくことが肝要です。ただし、上述したPICとMATを実現するのは、法的整備が進んでいない国が大半ですので、大変な困難が予想されます。当面は、各自が所属する機関内でABSに適切に対応できる体制を整備しておく必要があります。そのためにも、海外から遺伝資源を日本に持ち込む可能性のある研究者は、ABS問題に深い関心を持って頂くようにお願いします。なお、ABSにかかわらず、独自の生物多様性に関する法律を定めている国がありますので、各国の法令を遵守することはいうまでもありません。たとえばインドでは、インド人の研究者と一緒であったとしても、外国人が生物多様性局の承認を得ないでインド国内の遺伝資源を採集することは禁じられています(例えば、『虫に追われて』川村俊一、河出書房新社、2009年)。
本件については、一般財団法人バイオインダストリー協会(JBA)と国立遺伝学研究所知的財産室ABS学術対策チームが常時相談に応じています(無料)。参考書として、JBAと経済産業省が作成した『遺伝資源へのアクセス手引』(http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/bio/Seibutsukanri/index.htmlで入手可;またはJBAで冊子体を無料配布)や『生物遺伝資源へのアクセスと利益配分』(JBA生物資源総合研究所監修、信山社、\4,300+税)があります。また、名古屋議定書に関するMLが立ち上がっています。興味のある会員は、ご参照・ご加入ください。
http://np-iken.sakuraweb.com/mailinglist.html
本稿は、各種資料や講演会の要旨集に基づいて私が理解している範囲で記述したものです。法律的な内容を含むため、私が誤解している箇所があるかも知れませんので、具体的に行動される場合にはJBAと国立遺伝学研究所にお尋ね頂きたいと思います。
(応動昆編集委員長 後藤哲雄)
海外から標本や試料を入手する研究者はご注意!
2014/03/06(木)