これは,岩手県のある町の,全校児童29名という,とても小さな小学校での実際の出来事に基づく絵本である.もともと,「月刊たくさんのふしぎ」シリーズで2016年に出版された内容であるが,この度,「たくさんのふしぎ傑作集」の1つとして,ハードカバーで再刊行された.そして,それを機に読み直してみて,今(=2016年でなく,2020年)だからこそ,ぜひ多くの人たちに手に取って読んでもらいたいと強く感じ,紙面を借りて紹介させていただくことにした.
まず何より,校長先生が素晴らしい.
農業害虫として,不快害虫として,町中で嫌われものになっているカメムシ.晩秋になると,越冬のために校舎の中へとカメムシがたくさん入ってきて,子どもたちにも大迷惑である.
ところが校長先生は,「あら,いろんな種類がいるのね」と言って,子どもたちに,どんなカメムシがいるのか一緒に調べてみようと提案する(もし,こんな先生が日本中の小学校にいたら素敵だな,と思いませんか?)
はじめは戸惑う子どもたちだが,だんだんとカメムシのことが気になり出し,通学路でも,休み時間も,体育の授業中も,遠足の時も,見たことがないカメムシを発見しては,校長先生のところに持ってくるようになる.そして,廊下の壁は,子どもたちが見つけたカメムシの写真と解説文でだんだんと埋め尽くされていく.
「せんせー,カメムシはぼくたちの宝ものだねっ」
それを聞いた校長先生は,さらに子どもたちの好奇心を掻き立てる.
そう.本書の表題の通り,この1年で,みんなが見つけたカメムシの記録をまとめて図鑑を作りましょう,と提案したのだ.
さらに校長先生は,自分たちで調べたカメムシの名前に間違いがないか,専門家に確認してもらおうと依頼の手紙を書く.そして,専門家たちも校長先生や子どもたちの気持ちに応え,その冬に,実際にその小さな小学校へと足を運び,子どもたちと交流をして,カメムシの同定の手助けをする.
子どもたちが図鑑に載せたカメムシたち.
物語はそこで終わり,ではない.
小学校で雪解けを待つ子どもたちの一言.
それは,実際に本書を手にとって,皆さんご自身で確かめてもらえればと思うが,年齢を問わず,教え子たちがこんな風に成長してくれると,教師冥利に尽きるだろう.
副題にあるように,やっかいものを子どもたちの宝ものに変えた校長先生と,その期待を見事に形にして残した子どもたちに,心より敬意を表したい.
この新刊紹介にあたり,物語の中で,実際に小学校を訪問したカメムシの専門家の1人,東京農業大学の石川忠さんに話をうかがった.当時,小学6年生だった子どもたちは今,高校生で,ちょうど大学受験や就職を控えた年頃だという.
彼らも,新型コロナウイルスの影響で,まったく想像していなかった生活を余儀なくされているに違いない.中には,先行きが見通せない状況の中で,大きな不安を抱えている生徒もいるだろう.あるいは,あのカメムシ図鑑を手にとって小学生の頃を思い出し,コロナ騒動の今だからこそできる,何かに挑戦している生徒もいるかもしれない.
この新刊紹介を読んでくださっている皆さんの中にも,本当は今の時期にやりたかったことができなくなり,我慢を強いられている方が多いだろう.そんな皆さんには,ぜひ本書を手にとって読んでいただきたいし,周りの子どもたちにも本書を薦めてもらいたい.
そして,この騒動が収まった後で,あの頃はできなかったこともあったけれど,あの時だからこそできたこともあったよね,と,いつか一緒に振り返りましょう.やっかいものを宝ものにした,あの小学生たちのように.