書評 ミツバチのダニ防除 雄バチ巣房トラップ法・温熱療法・サバイバルテスト

現在,養蜂分野では,寄生ダニであるミツバチヘギイタダニが世界的に脅威となっており,応動昆の英文誌・和文誌合わせて,過去5年間に5報の論文・総説が掲載されている.このダニの防除は,ミツバチを飼養する上での最重要課題であるが,国内では,どちらかというと養蜂家の経験や勘だけに裏打ちされた技量的解決に委ねられてきた.ミツバチを研究対象・材料とする研究者は以前より増えているが,応用昆虫学における養蜂分野は明らかな人員不足で,2021年度から大幅増額となった農林水産省の補助事業でも,養蜂の多様な課題解決のために多(異)分野の研究者の協力を仰いでいる現状である.ただ,それぞれ最新の手法自体は科学的であっても,飼養下のミツバチという極めて特殊な生物を扱い,変動の大きな環境下で営まれる養蜂に,それを適用することの妥当性の検証はいささか心許なく,成果の応用までの道のりはまだまだ遠い.

そんな暗澹たる状況下に,ダニの防除について多面的に書かれた書籍が,文字通り「彗星の如く」現れた.本書の著者の東氏は,養蜂の経験はまだ10年ちょっと,経歴的には昆虫学どころか生物学の背景もお持ちではないのではと推察される(事実と異なる場合は申し訳ない).本書は,ダニ防除の技術書としてではなく,ダニの概要から,慣行的な防除法,さらには総合的ダニ管理を論じ,そこから見える養蜂の未来の展望までを述べた意欲作で,著者の哲学にしたがう指針に満ちた1冊となっている.個人の主観的感想で申し訳ないが,農山漁村文化協会から出される書籍は,現場での成功体験に基づくものが多く,再現性よりは新規性が優先され,科学的根拠についてはどちらかというと置き去りのものが多い.その点について,本書にはよい意味で完全に裏切られる.

全体を10部構成とした204ページのこの著作は,165編の欧文を含む186編の文献を読み込んで引用し,特に慣行的な防除方法については,文献的根拠の比重が大きく,生半可な総説よりも情報がきちんと整理されている.もちろん,あるべき理想として力をこめたサバイバルテスト(選抜育種手法)や代替的防除法の記述には,確証バイアス的に語られた部分もあり,あるいは自然状態での帰結と人為的な試験結果との混同も見られ,何点か記述間の矛盾も散見される.とはいえ,昆虫学の体系的な知識背景,あるいは論文執筆の経験値もそれなりに持っている本学会関係者が書くであろうものと較べて,実質的な遜色がないことにはただ驚かされる.

在野からこうした一冊が登場するのは,養蜂分野への多様多才な人材の参入の表れでもあって歓迎するべき一面ではあろう.しかし,振り返って,職業研究者はどうするべきなのであろう.依頼を受けて気軽に書評を書いてみたものの,今一度,膝を正してちゃんと拝読しなくてはならないであろうか.