書評「木本植物の被食防衛―変動環境下でゆらぐ植食者との関係―」

基本情報
書誌名:木本植物の被食防衛―変動環境下でゆらぐ植食者との関係―
著者・編者:小池孝良 塩尻かおり 中村誠宏 鎌田直人 編
出版日:2023年3月25日
出版社:共立出版
総ページ数:280
ISBN:978-4-320-05840-8
定価:3,960円(税込)

 植物の昆虫に対する被食防衛戦略の化学生態学的研究では、研究対象とする植物は多くの場合草本、とくに芽出しから少し葉が展葉した状態のポット植えの栽培品種が用いられます。これは、そのような植物の種子が手に入れやすいことや、栽培が容易で、生育が早いこと、操作実験(ハンドリング)のしやすさなどが原因だと思います。一方木本は、そういう意味で化学生態学的研究において蚊帳の外的な扱いを受けてきましたし、私自身も被食防衛の研究ではあまり対象にしてこなかった植物です。
 本書は木本植物の被食防衛に注目した優れた教科書です。4人の編者と47人の著者によるもので、第一章 変動環境と木本植物の応答、第二章 主要病害虫、第三章 環境変化と応答、第四章 傷害や虫害に対する樹木の応答、第五章 群集−様々な生物の関わり、第六章 現場へのアプローチ−森林・樹木の管理、環境教育、里山保全、の六つの章と30のコラムから構成されています。引用文献は、本書全体を通して2010年頃から2022年の論文が中心となっており、本編を読むことで、樹木の生態に関する最新の情報を得ることができます。必要な情報について、その最新の原著論文をチェックするためのプラットフォームのような使い方もできそうです。コラムが多いな、という感じですが、これらを拾い読みすることで、さらに木本という生物の佇まいを知ることができます。たとえば、アカシアがキリンの食害を受けると、揮発性物質を放出して近くの個体はタンニンを蓄積し始める、のが被食防衛反応の例として簡単に紹介されていました。これはまさに私の研究テーマの一つである植物間コミュニケーションです。アカシアとキリンの話は、以前に他の学会のHPの質問コーナーで回答したことがありました。今回あらためて調べてみましたが、キリン被害アカシアから出て隣接するアカシアに作用する揮発性物質の正体はまだわかっていないようで意外でした。これ以外にも、本編とコラムでは、植物の被食防衛の研究者にとって、心惹かれる情報が随所に現れます。本書は、木本をこれから研究しようとする人、草本に偏って研究してきた(私のような)人には、木本という生き物の全体を俯瞰する上で、格好の一冊だと思います。

高林 純示 (京都大学名誉教授・生態学研究センター)