トビムシやミミズ,ヤスデ,ダニなど,土壌動物の科学に関する最新の知見がコンパクトにまとまっていて,評者のように土壌動物学を専門としていない生物学者にとっては,日本語で手軽にその研究動向をキャッチアップできるのがありがたい。類書がこの10年以上もなかった間に,土壌動物学も大きく様変わりしたようだ。
書き手の技量に多少凸凹があるのは,この手の共著作本によくあることなので大目に見るとして,土壌動物に関する新しい分類体系から,生物系統地理学,群集生態学,化学生態学までを勢いのある中堅〜若手陣が分担執筆し,気軽に通読できる170ページという程よい分量に収まっているのが素晴らしい。個人的には,キノコ子実体とトビムシとの多様な関わりについて論じた第4章「土壌動物ときのこ」が新鮮で面白く,思わず鉛筆で線を引きながら読んでしまった。「土壌動物なんて,小さくて地味でつまらない対象」だと思い違いをしている向きがもしあれば,『土の中の美しい生き物たち』(朝倉書店,2019年)との併読をお奨めする。
最終章には,小中学校で使える土壌動物学の学校教育プログラムについての解説がある。児童・生徒たちが失敗しがちな注意点を含めた研究方法,例えばツルグレン装置の基本的な使い方などが詳しく書かれているので,私のような「今さら聞けない」土壌動物ビギナー研究者にも大いに役に立つ点が多い。また,巻末の「付録:系統樹をつくってみよう」というMAFFTを使った系統樹作成法の解説も良い。私も,学部生に最初に系統樹を作らせるときは,使いやすさ,速さ,信頼性の観点からいつもMAFFTを推奨しているが,ここに書かれているような最小限の言葉で操作手順が書かれた丁寧な日本語マニュアルがあれば,今後はこれを学生に見せるだけで説明の手間が省けそうだ。
- 目次(カッコ内は分担執筆者)
- 第1章 土壌生物とは(島野 智之・長谷川 元洋)
- 第2章 土壌に生息する生物(島野 智之)
- 第3章 土壌動物の機能(長谷川 元洋)
- 第4章 土壌動物ときのこ―森のきのこレストラン―(中森 泰三)
- 第5章 ミミズの分類から土壌動物の活用まで(南谷 幸雄, 荒井 見和, 金田 哲)
- 第6章 ヤスデの暮らし方(豊田 鮎)
- 第7章 系統解析と生物地理(唐沢 重考)
- 第8章 土の中の化学戦争(澤畠 拓夫)
- 第9章 ヤスデとダニの化学防衛(清水 伸泰)
- 第10章 土壌動物の適材適所―群集生態学―(菱 拓雄)
- 第11章 土壌動物を活用した学校教育プログラムの提案(湯本 勝洋・萩原 康夫)
- 付録:系統樹をつくってみよう(唐沢 重考)