書評「虫がよろこぶ花図鑑 ミツバチ・ハナバチ・ハナアブなど」

2025/07/17(木)

基本情報
書誌名:「虫がよろこぶ花図鑑 ミツバチ・ハナバチ・ハナアブなど」
著者・編著:前田太郎・岸茂樹
出版日:2025年2月25日
出版社:農山漁村文化協会
総ページ数:224頁
ISBN: 978-4-540-24113-0
定価:2,420円(税込)

まず,本書を手にページをめくっての印象は,これまでにない意欲的な試みが多々盛り込まれているということである.花の図鑑は世に数多くあるが,我々虫屋,昆虫の研究者にとって一番欲しい情報が不足していることが多い.それはもちろん,ほとんどの場合,植物の専門家,研究者が作成しているからであって,その花を特徴づける独特の形態が送粉者との共進化によって生み出されたもの以外は,基本的に考慮されていることは少ない.花を生活の糧,餌資源としている昆虫の多くは,花が分泌する蜜に含まれる糖成分や,花粉に含まれるタンパク質,脂質などを求めて訪花する.研究対象としている昆虫が訪れていることを目撃し,その花,植物種がどういう種であるのかはもちろん,訪花する昆虫にとってどのような特性をもち,その昆虫が何を理由に選好しているのか.本書をめくれば,その答えやヒントが見つかる.それは,本書が長きにわたって第一線で昆虫を研究してきた二人によって書かれたからに他ならない.一方で,堅苦しいものかと言えば,そうではない.むしろ,本書に掲載されている植物種は,我々の日常の生活圏内で見られる身近なものが多い.また,在来種に限っているわけではなく外来種,園芸種も数多く掲載されている.山深くに分け入って見つかるような,希少植物や高山植物は掲載されていない.それは,本書の読み手を我々のような研究者や専門家ではなく,むしろ養蜂や自然への感度が高い一般向け,あるいはこれから昆虫や植物への興味をより広げていける小中高生を主にターゲッティングされているからであろう.

2000年代に入ってから,飼養されているミツバチのCCD(蜂群崩壊症候群)が欧米諸国で報告され,併せて飼養されているミツバチに限らず,多くの野生ハナバチを含む送粉昆虫の減少について警鐘が鳴らされるようになった.我が国でも2009年に,作物の花粉媒介に利用されるセイヨウミツバチ群が不足し,多くのメディアにも取り上げられ,関連図書も出版が相次いだ.花粉交配用のミツバチ群については,2024年秋から2025年春の促成栽培シーズンにおいても,必要蜂群数に対する不足,供給不安が問題となったばかりである.また,ここ数年はバラ科果樹の結実率も低く,送粉者と果樹のフェノロジカルミスマッチなどにも懸念が広がっており,管理,野生両送粉者の重要性が見直されるとともに,保全の必要性が以前にも増して高まっている.

著者の一人である前田太郎氏は,ミツバチを含むハナバチの重要性,保全の必要性に関する普及啓発の役割も果たしている「ミツバチサミット」の立案者であり,実行委員の中枢でもある.研究者による研究者のための集会ではなく,研究者からプロの養蜂家,一般の人も集い,ミツバチ・ハナバチに関するシンポジウムやワークショップ,学生養蜂サミットなど,学術的なものから一般あるいは子供向けの数多くの企画が約3日間にわたり開催される.2017年から隔年で開催され,今では延べ参加者数は3,000人の規模の国内では最大,世界的にみても興味深い取り組みを牽引している人物である.本書の中身には,上記イベントと同様にハナバチなど送粉者の保全への熱い思いが各所ににじみ出ている.巻末に,花の調査方法について,わかりやすく,しかし専門的にも遜色なく解説していることも,一人でも多くの子供たちが送粉生物学に関心を示してほしいというメッセージが隠されているように受け止められる.また,糞食性コガネムシ,マメゾウムシ,訪花昆虫ネットワークなどの群集動態など幅広い研究の視野を持つ,もう一人の著者である岸茂樹氏とタッグを組むことで,多角的に花を解析し,単なるハナバチなどが好む蜜源植物を紹介する本とも一線を画す内容となっている.また平岩将良氏も加わり,3名が自身の研究成果を紹介している6つのコラムが,学術的なスパイスとして本書に深みを加えている.

植物図鑑としては,175種と少し物足りない種数なのかもしれないが,個々の植物種に記載されている流蜜量,糖度,花粉1粒あたりの体積,花粉粒数の計測値を目の当たりにすると,この種数のこれらのデータを取るのにどれほどの労力と時間を費やされたのだろうと,同様の手法でデータを取ることもある者からすると著者両名に対して敬服の念に堪えない.執筆だけでなく基本的にページ構成や編集までも著者二人が中心となって行われたという.そのことは,ページをめくれば細部にまで行き届いた二人のこだわりが伝わってくる.その一方で,明るく,手に取って読みやすい紙面は,読み手を選ぶことはないだろう.虫のみならず,ガーデナーや養蜂家,我々昆虫の研究者もよろこぶ花図鑑.ぜひ,手元に置いておきたい一冊である.

光畑雅宏(アリスタライフサイエンス(株)・千葉大学園芸学研究院)