書評「ダニの共生戦略 白黒つけない、したたかな生き方」

2025/12/15(月)

基本情報
書誌名:ダニの共生戦略 白黒つけない、したたかな生き方
著者・編者:岡部貴美子
出版日:2025年10月20日
出版社:ミネルヴァ書房
総ページ数:276頁
ISBN: 978-4-623-09959-7
定価:2,000円(税別)

本書は,国際ダニ学会議の総裁(General Secretary)まで務め,ダニの世界に「どっぷりはまった」,森林総合研究所の岡部貴美子博士による一風変わったダニ入門書である.一風変わった,と書いた理由は,一般人がダニの解説本として想像する内容とは一線を画すからだ.まず,本書の主役は,ダニと聞いて私たちが想像しがちな寄生性吸血ダニ,マダニ類ではない.そして,当然,マダニ類に付随する,感染症媒介をメインとしたものでもない.本書は,「ほかの生き物との共生が得意技」の,「コナダニ」という,マダニ類とは分類学的にも異なるグループのダニたちと,彼らが共生する昆虫たちの物語である.

コナダニの第2若虫たちは,「便乗」が得意らしい.いずれも,ある種類の昆虫に,かなり特異的に,のっかるという.「第2若虫」?「便乗」?「特異的」?さてさて,つまずきを感じた皆さん,ご心配なく.専門書では,こういった専門用語や基礎知識に関する説明の章が,往々にして堅苦しくなりがちだ.しかし,本書に限ってはその心配はまったくない.本書の序章(「ダニという生き物」)から1章(「動物を利用するダニ」)までの基礎知識編には,著者の豊かな感性を伴うワーディングが随所にちりばめられ,ついつい引き込まれてしまう.さらに,ダニにまつわるエピソードの数々が,しっかりとあなたをコナダニと昆虫たちが繰り広げる世界へといざなってくれるだろう.

第2章(「ハナバチとコナダニの共生」),3章(「ドロバチとダニの相利共生」),4章(「甲虫とダニの共生関係」)では,いよいよ,著者が探求したコナダニ(と,共に生きる昆虫)の生き方が明らかにされる.3章は,ドロバチと生きるコナダニの一種が主役だ.コナダニの幼虫にあたる第2若虫は,なんと,一切摂食をせず(口器がない),共生相手の身体に上手にしがみつく(「便乗」する)機能に特化しているという.つまり,しがみついた相手の体液を吸わないし,体表で何かを食べたりもしない.では何のために便乗するのか?ドロバチの母バチは,筒状の空洞の中に巣をつくり,子のためにエサをためて産卵する.コナダニは,彼らの巣へ潜入し,母バチが子のために準備した食料のご相伴に預かり,さらにはハチの子の体液までいただくのだった(ハチの子の羽化に支障はない)・・・と,ここまでは何となく想像できるかもしれない.真骨頂は,このドロバチを含む一部のハチの仲間が身体に持つ,ダニポケットとも言える構造,「アカリナリウム」の謎の追求だ.母バチは,エサ泥棒であり,迷惑な寄生虫であるダニを,ポケットに入れてわざわざ巣へ運んでいる.詳細は控えるが,この秘密について著者は「息が止まりそうに」なるほど驚きの発見をする.本書副題の「白黒つけない」生き方,の意味の一端もここにある.気になる方はぜひ書店へ.

本書からは,研究のプロセスや研究者の思考,研究者の生態も垣間見える.「研究方針を立てる」や「仮説を検証する」といったワードが目を引く目次からもわかるように,着想に至った経緯,実験を遂行するための苦労,努力や試行錯誤といったエピソードの数々も至宝だ.研究を志す学生さんや,駆け出しの若手研究者には,数々の業績を持つ著者の思考や,観察を大切にし,着実に研究を積み上げていく様子,また,成果が思いもかけないつながりを生み,研究が展開していく様子が大いに参考になるし,後押しともなるだろう.苦労話でいえば,ダニの研究のために,飼育系が確立されていないクマバチ(3章)やドロバチ(4章)を手探りで飼う苦労は想像に難くない.新鮮な大量の花や,生きた昆虫(蛾の幼虫など)を毎日沢山要求する彼らには,著者もかなり振り回されただろう.しかし,謎を科学的に解明するためなら,なんだってやるのが研究者の性.そして,飼育を伴う地道でつぶさな観察によってしか得られない発見がある,と知っている著者の,研究への向き合い方が見えてくる.

最終第5章は,ダニの世界から生物の多様性保全へと目を向け,簡単に「白黒つけ」て,安易な行動や考え方へ走ることに対し警鐘を鳴らす.「いっそ,「虫好きになる」でどうでしょう」,「白黒つけず,「ご一緒に―」」というメッセージは,かたちも生き方も,生き方がもたらす帰結(機能)も多種多様なダニの研究を通して培われた,著者の生物観に裏打ちされたものなのだろう.自分で打ち立てた仮説を時にはひっくり返しながらも,生き物たちが織り成す謎を探求する楽しさに立ち返り,安直な決めつけから離れて生き物を理解しようとする姿勢の大切さに思いを馳せる.生き物研究者として忘れてはならないことを,改めて意識させてくれる読書体験であった.ちなみに,本書には多様なダニの仲間の紹介として写真も豊富であるが,残念ながらモノクロである.改訂版が出るときは,願わくはカラーの口絵が欲しいものだ.

中村祥子(森林総合研究所)