書評・新刊紹介「マダニの科学」

2025/04/21(月)

基本情報
書誌名: 「マダニの科学」
編著: 白藤梨可・八田岳士・中尾亮・島野智之
出版日: 2024年11月
出版社: 朝倉書店
総ページ数: 228
ISBN: 978-4-254-17194-5
定価: 4,620円(税込)
 
本書は「知っておきたい感染症媒介者の生物学」と称するだけあって分類,生理,生態に加えその被害と対策,さらには最先端の研究についても書かれた「知っておきたい書」である.マダニの専門書としてその生物学及び生理学について俯瞰的かつ詳細に書かれている.また,どの章にも各分野の将が論じた奥深いコラムが掲載されているのは楽しい.

 第1章「Q&A」ではマダニに関する疑問について初心者向けに説明,この書を読み進める上での入門的情報が記されている.第2章「分類」では日本で見られる代表的なマダニ類についてその分類上の特徴,その種の感染症に関わる情報をわかりやすく簡潔に記載している.引用も豊富であり,マダニについて学ぼうとする学生からマダニに関わる研究者,マダニについて教鞭を執るものにとって有用である.第3章「形態と生理・生化学」及び第4章「生活史」においては,マダニならではの各内部器官(形態)とその生理,あわせてマダニの発生生物学に関わる知見が凝縮されている.殊に吸血に関連する生理などは,この分野を研究している専門家ならではの説明が繰り広げられている.血液消化のメカニズム,さらに吸血をシグナルとした消化管から脂肪体,生殖器官の発生に伴う機能変化,そして産卵にいたる事象がここまで詳細に書かれているのは本書がはじめてであろう.吸血に合わせて感染症を惹起する共生菌,マダニの特有生理物質とその応用についても,先人の研究成果を含め触れられている.発生に関しては,マダニ類における脱皮ホルモンの働きが整理されて記載されており,ダニ類の発生における内分泌制御を考えるのに有用である.随所でマダニと一般的な昆虫類の発生生物学的比較が述べられているのは,読者が生物としてのマダニを理解するための一助となっている.第5章「マダニによる被害」と第6章「マダニ刺症とマダニ媒介性感染症の対策」では,国内のマダニによる被害とその対策に関し実例を挙げて具体的に説明,さらにはマダニ媒介感染症の保有宿主となる動物についても述べられている.第7章「マダニ研究の現状」では,実際の研究法として必要な捕獲,飼育,解剖に続き,解析された最新のゲノム情報があり,まさに本書を手に取ればすぐに研究にかかれるような情報と知見が盛り込まれている.

 さらには,本書には扱われているマダニ生理に関して未だ解明されていないことも多いことを心残りのように散りばめている.評者も,ダニが幼若ホルモンによって発生阻害が生じない事象,トゲダニ類の光受容器と生理反応など,ダニでは知りたいが跳ね返されている課題を持っている.マダニ類を含めダニ類においても生理学的に未だ解明されていない宿題が山積みと言えよう.マダニはそのサイズ感から謎の解明のための先鋒である.今後若い読者に是非挑んで欲しい.

 最後になるが,全編にあふれるマダニのイラストはマダニの生物学,しかも普段知られていない側面が適切に描かれており,本書の理解を深めさせてくれる.評者は脱皮のシーンがお気に入りである.

荻野和正(株式会社三共消毒・産業医科大学)